ちょっと長いが、53歳の自分の歴史を振り返るのに使えます。
ちょっと長いが、53歳の自分の歴史を振り返るのに使える動画を下記紹介します。当院に来たいと思うけれどもなんか変やと思う人や、若い人は無視してください。見ても、明日から生きていく、なんのたしにもなりません。50歳前後の人への………。
何しろ田中角栄の「私の少年時代」を呼んで、田中角栄を尊敬していました。小学校しかでていないのに、総理大臣になったということを。
その当時、このおっさんそんなに頭が良いのかいなと思いながらも、尊敬していましたね。
コンピューターつきブルトーザー。
そのころ、沖縄返還、田中角栄の中国訪問など戦後の激動の時代でした。
ベトナム戦争は最中でした。
朝鮮戦争はさすがにとっくに終わってましたが、北朝鮮は日本人をねらって拉致を仕掛けていました。
中国人は友達と教えられました。
台湾? そのころは、たいした意識はありませんでした。
私の父親も、小学校の先生も、社会党をおしていました。
オイルショックもあった頃かな。
高校生のころ、メイドインUSAの話題を英語の先生がしていました。
日本に「宇佐(うさ)」というところがあって、そこでつくられた商品はメイドイン「USA」と名のれるというようなジョークでしたが、抵抗感なく受け入れていました。
高校の同級生は、USAの刺繍がはいりこんだ革ジャンを自慢していました。
当時の雰囲気は、あこがれの国usa、親しみを感じる「べき」国中国、だったような気がします。
あれ? 韓国? 田舎だったので、在日韓国人もおらず、俎上に上がったことはなかったですね。
私の過去の意識から韓国が上がってくるのは、大学5年生の時に、学友会の執行委員長を、金先輩から受け取るための引き継ぎで、飲みながら話をしたときに何かをちょと感じました。
でも、その後も、長いこと忘れていましたが、慰安婦問題のおかしさに気がついた時には、行動を起こす必要があると感じました。
たいした行動ではありませんが。
こんなことですが、多少の主張をしたいと思います。
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