本質は別として、言葉の使い方はとても重要だと思う。参考になる。

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私は田舎のしがない歯医者だが、かつて、病院勤務もあり、口腔癌の治療とか、事故患者の顔面修復とか、幾つも経験した。当時はとてもたいへんなことであったが、今から思えば、当時の経験はとても今に生かされている。

妊娠したことを相手に伝えて、殴られて顎を骨折した看護師学校の生徒も患者にいた。

清水の舞台から飛び降りての顔面骨折の患者さんもいた。

医師仲間が、うつ病から病院の屋上から飛び降りて骨折の治療というのもあった。

このようなの時、どう対峙していのか未熟なまま、精一杯やった。

癌に関して言えば、40年以上前は、がんは告知しないことが通説であった。癌のことを「悪い病気」と言っていた。「潰瘍」ともいうこともあったし、「できもの」と言ってもいた。「がん」という発音は使わないようにしていた。

だから、「頑張れば治りますから」なんて無責任なことを言いながら、生理食塩水しか点滴していなかった長崎大学の助手を、学生時代には指導医として見ていた。

それから、数年経過して、京都大学では、家計の主たる人には告知、従たる人には否告知と指導を受けた。

時代変わって、

今では、がんは、個人に知らせ、「戦うか戦わないか、戦うのであれば、どれを選ぶか」というような、個人の選択の時代になった。

もっとも、自己判断できない子供とか、認知症の患者の場合は、周りの人への告知という別の対応であるが、基本的には病状開示で、自己選択の治療となる。

これに似ている。

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