土曜日、日曜日での親知らずの抜歯、歯の移植、インプラント手術、口の中の出来物の手術、歯列矯正治療などを京都市、相楽郡、木津川市、奈良市の皆様に行なわさせていただいております。病院行く前にご相談ください。

よくあることだが……。

よくあることだが……。

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よくあることだが……。

白血病と悪性リンパ腫は歯科医院で見つかることもあります。

確定診断は病理医ですが、その前の血液内科医の前の、一般の内科医の前に、歯科医院で問題を見つけることは、そこそこあります。

ファミリーデンティストとして、注目すべき病気です。

当院でも、それ関係では3人の患者さんがおり、その1人は、病名がつかないまま京大病院に連れて行き、口腔外科の病棟に入院してもらいました。主訴は顎の痛みとしびれ、全身の倦怠感です。他科対診も可能な限り行いましたが、病院内でも、2週間ほど病名がつかないままでした。症状が悪化していくので、ほぼ最後の手段として全身CTを行なったところ、問題点が見つかり、最終的に悪性リンパ腫の病名がつき、血液内科への転科となりました。一時は、抗ガン剤の効果で退院でき、私も含め関係者一同やれやれでしたが、最終的には完治せず、再発があり症状の訴えから一年ちょっとでなくなりました。

葬儀は見過ごしてしまいましたので、この場をかりて「ご愁傷様です。」と言わせて下さい。

症状を訴えてから、確定診断がつくまでに2ヶ月ほどかかり、診断上は難症例でした。我々医療従事者の知識不足の面もあるかもしれません。しかし、今度同じような人が来たら、今度は早く診断がつけると確信しています。

なくなった方やそのご家族には申し訳ないですが、成功例や失敗例も含めて前患者の蓄積が、これからの医療となります。1人の歯医者として個人的にも同じことが言えます。

どこまで関われたか、つまり、とどこまでしたあげられたかということは人として重要ですが、我々はそこでもっと重要なこと、たいていは問題が解決しないままですが、それでもそのような病気があることを学ばせてもらっています。

今から思った時、もう一つ残念なことがあります。退院後に会話をしていないことです。自動車ですれ違ったとき、あら、という感じで、お互いに手を振ったことはありましたが……。

歯科医の中には、白血病と悪性リンパ腫などは、自分の治療範囲と関係ないからと、傍観視する人もいますが、早期発見早期治療の為には、歯科医師の技量が問われると言うものです。

今回は歯科医師の知識は無力に等しかったですが、それでも、田舎の歯医者とその歯医者の人間関係を使って、無理矢理京大病院に入れ込めたことで、一時退院が出来るまで持ち込めたと考えています。高橋克準教授に感謝です。

普通に見える人でも、多剤服用しており、それらが免疫機能をかく乱し、正常の免疫機能でおさえられていた、リンパ腫の細胞を結果的には増やしてしまうことがあります。

その症状が、顎のしびれとか、歯が痛いなどのことで現れてくることがあり、要注意です。

この経験から「歯の痛みから、悪性リンパ腫を疑うことが必要だな」と思ったそのころに、それ関係の論文が、日本口腔外科学会の雑誌に、三報もタイムリーにも載りました。しかし私にとっては、4ヶ月ほど遅かった感じがします。

いずれもそして、今回の患者さんの症例も、リュウマチの治療薬リュウマトレックスという薬の副作用です。

今回の患者さんの症例は、血液内科医の判断では「リュウマトレックスという薬の副作用でない」との見解でしたが、その患者さんはュウマトレックスは服用していたことは事実です。

リュウマトレックスはリウマチ治療薬としては画期的な薬です。しかし、その本質は抗ガン剤です。その抗ガン剤をうすい濃度で使うと、自らを攻撃するリンパ球をおさえ、リウマチ症状が軽減されるという薬です。

とうぜん、生体内で癌を抑えていたリンパ球もその一部はへたれます。

私は、「リュウマトレックスを使うな」と言うのではありません。しかし、その副作用を十分注意して、場合によっては積極的に歯科医師もその注意する仲間にはいるべきだと思うのです。

下記はそんなことの導入動画です。

コメント

  • 口腔唾液線癌

    高橋克先生に、10年経過見ていただきまました。故西田光男先生に手術していただきました。お二人に感謝  最初白い小さな上唇にできた硬いしこり見つけてくださった北村歯科院長 横田口腔の先生に 京大口腔へ 先生方のお陰さまで76才生かされてます、高橋克先生の診察肺に飛ぶからの言葉 こころして楽しく過ごし80才終活も用意しました。 歯は命夫は60才で歯根膜炎から敗血症で逝きました


  • Re: 口腔唾液線癌

    >>1

    コメントありがとうございます。
    そうですか。西田先生をご存知ですか。高橋先生とは懇意にしています。
    今も週一回京大病院で勉強させてもらっています。
    お会いすることもあるかもしれませんね。


  • 西田先生がなくなられたのか

    西田先生には京大ののころお世話になったよく明け方まで酒を飲みかわし6時の手術場にいったのを覚えている、大胆なオベの手腕矯正の単純なやり方は飯塚先生をしのぐ物があった、化学療法によく理解を戴いた好きな先輩だった


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