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40 歯を抜くは 冥土の旅の 一里塚 仕事でするが むなしくもあり    鹿野 玄海

40 歯を抜くは 冥土の旅の 一里塚 仕事でするが むなしくもあり    鹿野 玄海

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歯を抜くは 冥土の旅の 一里塚 仕事でするが むなしくもあり 
                          鹿野 玄海

「門松は 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」という室町時代の臨済宗大徳寺派の僧侶である一休宗純の狂歌の本歌取り。

一休は、笠置からは車で一時間ほどで行ける、現在の京田辺市酬恩庵一休寺にて、88才で没した。口腔衛生学会会員の話によると「歯の喪失は寿命を縮める」らしいが、主題の「歯を抜く」ことと一休の死に関して、なんらかの関係あったかは知る由もない。ただし、一休の死は「マラリア」という感染症が原因とのことなので、マラリアと歯の関係の論文を真剣に猟捕したことはないが、この件に関しては、多分関係ないとしておこう。

さて、「歯が欠けていく」という意味合いの辺と作りの漢字は、「歯」辺に「令」と構成され「齢」と書かれる漢字であり、これは音読みでは「れい」、訓読みでは「よわい」となる。つまりが、歯が令になることは「弱い」に通うずるのだ。

子どもの頃歯が生えて喜び、小学生で歯が抜けて笑い、また生えてきて大人になり、また抜けてきだして「弱い」となり、年老いて死んでいく。歯科医療関係者はなんとか歯を残してあげたいと努力をするも、ダメな時はダメになって「抜いてくれ」と言われるようになる。

最近は歯がある高齢者も増えてきて、80歳にして歯が20本ある人の割合が、(「サンプリングス数が少なすぎてほとんど信用できない」し、しかも「歯の健康自慢老人だけを対象とした調査だ」と言われているにもかかわらず、「残念ながらその調査結果に頼るしかない」と言われている)歯科疾患実態調査の結果では、50%くらいあると言われている(「現実はそんなもんではない」と、どの歯科医も言っている)。

将来は100歳時代に突入しそうとのことで、そこまで歯医者が歯を持たせることができるかどうかを危惧すると、やっぱり歯を抜くことは「冥土の旅の一里塚」となると思う。

ただし、門松と違うところは、一定して訪れないことである。間隔も不定期、一度に抜く本数も様々だ。これを距離的に一定である一里塚と呼んでいいかは議論の余地もあろう。しかしそこには、長年積み上げているという慣習からくる馴れ合いを重視した、不適切なサンプリングや標本数の少なさも大目に見ての、それに加えて多少の数字の誤差もあるとしての「歯科疾患実態調査」と同じく、まあ、まあ、多めに、大目にみて、よしとしよう。

ところで、ヒトの歯の生え変わりは「二生歯性」で第一歯胚と第二歯胚の成長の結果として、二度しか生え替わらないが、実は第三番目の歯の素(第三歯胚)は存在するらしい。これは、確か、東大の教授で「おおえ」という人が発見したと覚えているが、むかーし読んだ、英文を思い出してのことだから、漢字は知らない。違ったらごめんなさい。

最近の科学は進歩していてそれが示すところによると、個体発生の段階で第三歯胚を退化させるシグナルが入るので、三回目の歯は生えないとのことである。

そこで、注射一発でその歯の素を活性化させて第3番目の歯を生えさせる研究を、京都大学の高橋克准教授が行っている。

「夢のまた夢」とか、「妄想」とか呼ばれてはいるが、実現すれば、それはそれは素晴らしい研究で、恐ろしくアンチエイジングではある。

これがかなった時、もし、おおえ先生が生きていたらそのうち高橋先生と共同でノーベル賞ものだとも言えるが、すでにおおえ先生は過去の人のはずだ。

でも、現存の高橋先生の研究が続く限り、高橋先生やその弟子を、ささやかでも応援していこうとは思っている。

しかし、たとえ3番目の歯が生えたとしても、歯が生え続ける鮫じゃないんだから「齢」という字の意味合いは変わらないであろう。

この短歌にあうイラスト募集しています。詳しくは、miwashiro@mx2.wt.tiki.ne.jp (岩城まで)

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