土曜日、日曜日での親知らずの抜歯、歯の移植、インプラント手術、口の中の出来物の手術、歯列矯正治療などを京都市、相楽郡、木津川市、奈良市の皆様に行なわさせていただいております。病院行く前にご相談ください。

表現の自由は制約されるか? ヘイトスピーチは表現の自由か?

表現の自由は制約されるか? ヘイトスピーチは表現の自由か?

Total:51Today:1Yesterday:2

表現の自由は認められるとして、どこでどの形で他者に文句をつけたりする発言をするかは、まあその場を見てということだと思う。

その場を見る感覚は、日本人はとても長けていると思うが、そうでない人もいるということでヘイトスピーチを制限する法律ができた。

しかし、ヘイトスピーチに近い表現を、芸術という名で公の場所でする人たちを許してしまって、しかも公的資金を使ったというのが問題点。

喧嘩をうるつもりなら、そうしたらいいが、喧嘩は他者に迷惑をかける。迷惑をかけぬようと言われて育った私にはできないことだが、やっている人たちの気持ちもわからないことはない。

浪人時代に受験勉強の間をぬって行った京大の学園祭で、反権力闘争の動画を見たが、そのような場の自主上映的な主張だと、なんとなく賛同できた。

その当時、それが高じてのデモやゲバ的行動を目にしたこともあるが、高校から大学時代ではあったし、なんとなくそんな活動に憧れていたこともあった。

しかし、よくよく考えれば、私も含めて、彼らは踊らされていた感じがする。

これと似たような感覚が、愛知の件でする。

そして、もう一つ。

公の金を使って、公に対して反権力的アピールをするとすると、「えー、ちょっと、なんか、へんだな」と思ってしまう。

そこまで潜り込めたことは賞賛に値するが、受け入れがわに対しては、「何をボーっとしていたんだろう」と、疑問を感じる。

そう、この「よくもまあ潜り込めたな」といった感覚。

賄賂でもあったのだろうか?

賄賂がなければ、潜り込んだ人は悪くないと思う。その人たちのイデオロギーには賛同できないが、自分たちの芸術、いや思想アピールに最善を尽くすのが、彼らのやりたいことだから。根本のイデオロギーや宗教伝達に関して言えば、違法でなければ、誰も否定できない。

しかし、潜りこませてしまった受け入れ側の人たちは、反省しなければと思う。

ヘイトスピーチを展示という形で公的機関で許してしまった。しかもお金をつけてやったということになる。

反省がなければ、いやあっても、愛知県知事は次回は落選する気がする。

既存マスコミではカバーしきれない、情報網が発達したから。

私も、慰安婦問題で、インターネットのおかげで目覚めた一人である。

***院長のFacebookはこちらをクリックして下さい。***

コメント


認証コード7990

コメントは管理者の承認後に表示されます。

powered by HAIK 7.3.0
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. HAIK

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional