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私が学生時代に憧れた日本人、北里芝三郎、志賀潔、野口英世、山極勝三郎、石坂公成、医学で活躍した偉人達。

私が学生時代に憧れた日本人、北里芝三郎、志賀潔、野口英世、山極勝三郎、石坂公成、医学で活躍した偉人達。

私が学生時代に憧れた日本人、北里芝三郎、志賀潔、野口英世、山極勝三郎、石坂公成(末尾は動画での紹介はないが)、医学で活躍した偉人達。

その人たちを、韓国から紹介してくれることを編集した動画。

この誰もが、ノーベル医学生理学賞をとれなかったが、誰もがとっていておかしくない人達。

時代は結構進んで、利根川進がノーベル賞をとったが、私は取る前からその関係で研究し始めたので、なんとなく周りが見えていた。

当時、最近ノーベル賞をとった本庶佑先生も京大医学部内の我々のビルの隣の古い3階建ての建物に、沼正作先生といて、2階だったか3階だったかで研究していた。

私は隣の5階建ての5階にいたので、本庶先生の部屋を見おろしていたとも言えるが、決して見くだしていたのではないことを断っておく。

飲んだら「本庶先生を見くだしていた岩城先生」と言う、アホな先生がいるが、決して見くだしてはいない。

面識はあり、ディスカッションしたことはあるが本庶先生は僕の名前は覚えていないと思う。

ただ、当時の人間関係から、さまざまな複雑な情報はある。

知りたければ、語ってもいいが、SNS の場ではやめておく。

沼先生の弟子の中西重忠先生(本庶先生とは同期同窓生)はすでに、アレルギー研究室の教授になっていて、私がいた5階建てのビルの5階にわれわれとともにいた。

隣の教室なので色々とドラマはあったが、中西、本庶、沼ともに、大学院生をひきつける魅力は相当なものであった。新しく、月田先生もやってきた。

そこらに全国からやってきた大学院生は、やる気満々能力様々。

あるものは、愛車のポルシェごと穴に落ち、あるものは薬理の教授に最年少でなり、あるものは他大学の助教授になり、あるものは、、、、、やめていった。

当時、大学院4年間で学位が取れるものは6割にも満たないといった状況。

臨床すれば、小金持ち。研究すれば、大学生とほぼ同じ。仕送りがほしいいぐらいの大学院生もいた。

きちきちの生活だったが、とても貧乏ゆえに研究に時間を費やせたとも言える。

そんな時代を思い出しながらの紹介。

免疫学、分子生物学、発生学と今から思えば、もう一度あの場に行きたいと思うほど、ワクワクしていた。

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